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令和4年度 市長と語るタウンミーティング「高槻観光ボランティアガイド」を開催しました

ページID:095609 更新日:2023年4月21日更新 印刷ページ表示

開催記録

日時 令和5年2月9日(木曜日) 午後3時から午後4時まで
場所

高槻市役所 本館3階 第2委員会室

参加者 高槻観光ボランティアガイド
行政側出席者 市長・総合戦略部長・街にぎわい部長・市民生活環境部長ほか
次第
  1. 行政側出席者紹介
  2. 高槻観光ボランティアガイド側出席者紹介
  3. 市長開会挨拶
  4. 高槻観光ボランティアガイド代表挨拶
  5. 高槻観光ボランティアガイド活動報告
  6. 意見交換
テーマ

全体テーマ

「高槻の歴史を継承するまちづくり」

タウンミーティングの様子

主なやりとり

(発言者)市長 開会挨拶

タウンミーティングの開催に当たりまして、ご挨拶を申し上げます。
高槻観光ボランティアガイドの皆様には、高槻の行政にご協力をいただいており、とりわけ、高槻の歴史を市内外の方々に発信していただいております。この場をお借りしまして、厚くお礼申し上げます。

もう皆さんもご承知だと思いますが、私が市長になりまして、このまちづくりの3本の柱というものを立てておりますけれども、その柱の一つ、高槻の歴史を継承するまちづくりということで考えさせていただいておりまして、これまでも高槻の歴史を継承し、そしてまた掘り起こしも含めて、しっかりと伝承していこうと、まちづくりを進めさせていただいているところでございます。

今日は、まさに高槻の歴史を継承するまちづくりをテーマに、ご発表いただけるということで、大変楽しみにしております。

皆様のご報告をお聞きし、そしてまた意見交換もできればと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。以上を持ちまして、私の挨拶とさせていただきます。

(発言者) 司会

続きまして、本日の出席者を代表いたしまして、高槻観光ボランティアガイド代表からご挨拶をいただきます。よろしくお願いいたします。

(発言者)代表挨拶

本日は、またとない機会を与えてくださいまして本当にありがとうございます。

私たち高槻観光ボランティアガイドは、今城塚古代歴史館の開設に合わせて、おそらく市内外のお客様が相当増えるのではないかということで、ご案内のために観光協会と提携して結成されたグループです。

以来10年あまり経ちますけれど、コロナの初めの頃を除きまして、お客様が徐々に増加しております。

今年度は、たまたまコロナの関係もありまして、現在42件ぐらい対応いたしました。またこれから年度末にかけてもう少し増えるかもしれません。

高槻市内では観光のコースが現在10コースくらい決められていまして、今まではそれに沿ってガイドをやっていましたが、最近、今城塚古墳もそうですが、安満遺跡公園、それから芥川山城の史跡指定に伴いまして、規模の大きなガイドの拠点にもなるところが出来てきて、特に城跡につきましては、芸術文化劇場がもう間もなく完成するということで、数年前から大変期待しておりました。堀とかですね、塀の一部が姿をあらわすということで、大変、期待しながら待っているところです。

我々にとりましても大きな拠点ができるというのはうれしいことでもあります。
一つには、我々グループに対する影響もかなり大きなところがありまして、一つ一つの内容をよく理解してお客様に的確にガイドすると、大きな拠点になりますと観光コースが複数つながるようなこともありますので、私たちはその辺をよく理解してお客様に的確に観光ガイドを出来るように勉強して行きたいと思っています。始まりが高槻城公園になると思います。三好山とか新しいことが出てきますので、大いに期待しているところであります。またお客様にとってもコースの選択が問題になってくるところもありまして、その辺の説明につきましても、的確にしていきたいと思っています。

高槻ボランティアガイドの歴史的な説明は以上ですが、私の感想で、もう1点申し上げておきたいのは、歴史以外にも高槻は非常にすばらしい景観に恵まれていると思います。例えば、芥川城跡に行きますと、淀川中流域の一大展望が展開しております。これを少し視点を上げますと、生駒山、金剛、葛城という山並みが見えてきます。それで視線を少し下に向けますと、列車が何本も走っているということで、いろいろ自然に囲まれ、また人々の生活が伝わるような展望場所が何か所もあります。

我々ガイドはみんな歩くことが好きです。それがまた、健康にもつながっていくということもよく知っています。私たちは、お客様と一緒に元気に活動を行っていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

(発言者) 司会

どうもありがとうございました。
それでは、これから市長と皆様とのタウンミーティングの本題に入りたいと思います。

本日は、高槻の歴史を継承するまちづくりを全体テーマとして、進めさせていただきます。進め方といたしましては、最初に高槻観光ボランティアガイドの皆様からの活動報告、という形で御紹介いただきたいと思います。発表の後、市長から感想を述べていただき、意見交換をしていただきたいと考えております。時間といたしましては、トータルで45分程度を予定しておりますので、よろしくお願いいたします。

それでは、活動報告といたしまして発表をお願いいたします。

(発言者)ボランティアガイドA 全体発表

高槻観光ボランティアガイドの活動報告をさせていただきます。資料、レジュメがございますので、レジュメに沿ってご案内させていただきます。

実は、私はガイドを15年ほどやっております。観光協会に携わりまして大体12年、協会始まってからずっと行っています。その前3年間は、歴史散歩というグループの観光ガイドを、合計15年間やっております。

年数は経ちますが、富士登山で言いますと、いまだに三合目あたりをうろうろしておりまして、頂上がまだ見えない、ガイドとしてまだまだ新人でございまして、その辺を含んでよろしくお願いします。

私どもは、一般市民を対象に、高槻観光協会のご依頼に基づいて、大体11か所ほど標準的なコースがあるのですが、そのコースに沿って、参加者の御案内をさせていただいています。史跡ガイドグループと今城ガイドグループ2つのグループがあり、これで市全体を網羅する形でやっております。

ガイドの実働メンバーですが、だんだん我々も高齢化しつつありまして、現在は18名で、各市民さんを御案内しています。団体の中には、実は高齢者大学とかシニアとかございます。それから阪急にしましたら阪急歩きも年2回ほど行っています。観光ガイドとしてグループにも対応しています。

年間のガイドの活動状況ですが、直近3年間はコロナ禍でデータはありませんので、令和元年度の内容を発表させていただきます。令和元年度については66件の一般市民等を御案内させていただき、参加者が1106名でした。
観光協会が出来まして我々と13年前に締結してからの累計は、実は411件、10872名というのが現在までのガイドの実施状況です。

では、どこをまわっているかというところですが、やはり城跡が1番多くて令和元年度で18回、続きまして今城塚が15回、それから、芥川山城が13回、以下富田、古曽部、玉川、三島江なので、やっぱり城跡と今城塚については人気が高いです。

ガイドの心がけとしましては、参加者が来てよかったと思えるような案内をさせていただいています。
1番目、笑顔の出る雰囲気づくり、2番目に、元号はよく使われますけれど、元号を使っても参加者がよくわからないということで、西暦を一緒に言っています。天文22年だといつごろかわかりませんので1553年とちょっとわかりやすくしています。

それから関連資料ファイルの活用です。ガイドは目に見えないものもガイドしないといけないので、遺構の残ってないガイドは非常に難しいです。それが分かるように、こういうファイルに在りし日の状況、例えば、芥川山城でしたらこういう形で、今ここにいますよと。また三好長慶でしたら、全国11か所を治めた、ではどこが11か所なのか、織田信長の前の天下人の三好長慶はこれだけの範囲、丹波から京都、奈良、それから淡路島、讃岐、四国と治めていた。参加者もなるほどとおわかりいただけるようこういう資料を使っております。

それから、4番目、その他周辺環境の話ですが、参加者が興味を示している様子を見させていただいて、あんまり興味を示さない場合は長くしゃべっても仕方ないので、さっさと状況を把握しています。少しだけ説明させていただきますと、笑顔の出るとは何かというのがあります。芥川城は信長が大変気に入ったと、三好一族を追放したとき天文22年(1553年)ですがこの時、実は信長は14日間、2週間も芥川城に滞在しています。それだけあそこが気に入ったんでしょうね。ということは、そのあたりに信長の足跡がいっぱいあります。主郭辺りをご案内しますけれど、「そこです信長の足跡」と笑いながら言いますと、お客様も驚いています。なるべく楽しくっていうのがモットーです。それから周辺環境、三好長慶が芥川城を攻略したのは32歳ですが、では他の戦国武将はどうしていたのかというと、参加者も興味を持ってもらえます。例えば織田信長が、このときは19歳で、斎藤道三の娘さんと結婚して、道三が織田信長と面会します。それが実は、ちょうど長慶が芥川城に入ったころ。豊臣秀吉は16歳で、今川家の家臣になってすぐ翌年信長に仕える。

徳川家康、テレビでやっていますが、家康は11歳ですよ。今川家の人質で7年後に、桶狭間の戦い。我々の高山右近はどうしていたかというと、わずか1歳、天文21年生まれで20年後に芥川城主になります。

1番驚かれるのは、三好長慶の誕生が大永2年です。1522年に生まれて、皆さんよくご存じの千利休と同年です。千利休は、秀吉によって割腹します。ちょうど70歳で割腹しますが、三好長慶については43歳で病死します。43歳。同じ生まれですけど、さて、片や43歳、片や70歳だから、千利休と一緒なんて思わないです。皆さん驚いて同級生ですかって言われます。そういうのがあります。

それからね、ガイドの強い味方、私はこれ、もう本当感心しますけれど、まちかど遺産ってありますが、本当にガイドする上で役立ちます。今、全部で111件ほど、市内各所に設置されているようです。

それから2番目に、先ほど代表の話でありました、高槻城公園芸術文化劇場の建設、ここでようやく石垣が、すばらしい石垣、堀、それから橋が復元されている。普通でしたらあそこにコンクリートですけれど、わざわざこの石垣をつくっていただいて、本当に我々ガイドとして感心をしております。ありがとうございます。

とにかく我々ガイドとしては、参加者から、ああよかった、来てよかった、よくわかりましたと、お声をいただくと喜びになります。よし次も頑張ろうと。

それから、次から実際のガイドの案内を申し上げます。芥川山城について一言申し上げます。平成29年3月に続100名城になり、令和4年11月に、国の史跡の指定を受けました。1番のポイントは、去年の12月にNHKで「日本最強の城」の番組で案内され、これをご覧いただいて、どうしても芥川山城に行きたいという人から、相当連絡をいただきました。この芥川山城、これからどんどん増えていくと思います。

500年前の、山城の遺構がそっくり残っています。曲輪にしましたら28個ある。それから今、虎口、それから堀切とかね、虎口4つや堀切7つ、登っていただくと、お城を御存じない方もよくわかっていただけると思います。500年前につくられた山城の遺構がそのまま残っている。本当これはもうすばらしいことだと思いますね。土橋も堅土塁もある。私は、城ファンですけれども、芥川へ行きまして、これはすごい、これは何としても残していただきたいなと思っています。史跡指定で、これから行政もいろいろと整備されると思いますけれど、よろしくお願いしたいと思います。

1番山城で申出があったのは、「芥川城址」という石碑が全然ないのです。それから眺望がものすごくいいので、飯盛城はどこかとよく聞かれます。写真付きの案内板など計画されていると思いますけれど、よろしくお願いしたいと思います。

山城については、芥川から大手道を通って、石垣を見て、それから、他の丸とか主郭に行きます。主郭に行きまして、それから土橋とかね、いろんなところを案内します。この前、平成5年に主郭を発掘しております。それから、令和2年11月12月に、主郭の前のところも発掘しています。それをわかっていただけるように先ほどのファイルを活用して、御案内をさせていただいています。

それから東の上牧のところから西国街道が走っております。あの西国街道の上牧から高槻芥川宿というのは、ものすごく歴史が詰まっています。上牧から高槻までは、街道の時代祭りみたいで、平安時代からずっと鎌倉、桃山、それから江戸時代、明治、もう令和元年に行きますと、今、新名神の工事を大々的にやっていますが、ちょうどその橋脚の間をスルーと西国街道が通るんですね、歴史の宝庫と言われるのがこの上牧から芥川宿までです。すばらしいと思います。

上牧から西に行くと高槻になるんですけれど、この西国街道のところから、神南備の森、これは平安時代の惜別の地ですし、神南備を過ぎますと、今度、幕末の台場跡があります。勝海舟が、慶応の元年に作ったという川にある台場っていうのは、日本全国広しといえどもここしかないですね。京都を守るために、淀川の右岸左岸、両方にあるんです。右岸はこの梶原台場、左岸は樟葉台場であります。川にある台場は本当の話、ここしかないです。これも地図をご覧いただいて、こんな形だったんですと、ご説明させていただきます。

上牧も見るところはいっぱいあります。梶原台場跡、畑山神社とか、明治時代のJRのトンネル、ねじりまんぽ、トンネルがねじれている人気の場所です。

最後にもう一つだけ、上牧につきましては、私のボランティア団体が単独で、市民との交流を目的に令和元年から西宮まで西国街道を歩くという全6コースを今、案内しております。

令和元年11月に最初に実施したんですが、それ以降につきましては、コロナで中断しましたけれど、第2回目を昨年の11月に実施しました。そのときに、令和元年の申出、希望者が38名いらっしゃいました。この人たちを令和元年に東寺から長岡京まで、長岡京から高槻までは昨年の11月です。このたび3月に、PRをもっと広げようということで、「高槻DAYS」に、ようやく載せていただきまして、大々的に募集をしております。100名ぐらい参加されるんじゃないかと、そういう楽しみを持って、3月16日の話をもって、西国街道でやっております。第3回目は、高槻から郡山宿の本陣までで、また見どころいっぱいですけれど、そういうガイドをさせていただきました。

時間がきましたので、続きまして、今城のガイドについて、高槻ガイドBから、発表させていただきます。ありがとうございます。

(発言者)ボランティアガイドB

続けて、多少私も感じていること、思っていることを言わせていただきます。ガイドする前にね、私どもがやっぱりまちに興味や好奇心を持って、楽しみながらガイドするということが、大事だと思うんですよね。皆さんそういう気持ちでやっていただいている仲間だと私は思っています。

それで2つほど、言わせてもらいますと、いろんな人が、高槻には歴史がある。うらやましいと言われます。
高槻は三好長慶だけじゃなくていろんな人、歴史がありますと、私も思うのにやっぱり、弥生時代、それから飛鳥時代、平安時代、室町時代、戦国時代、江戸時代、それから現在では、将棋のまちとして、そういう部分を考えると、どこを切り取ってもガイドできる非常にすばらしいまちだと思っています。そういう気持ちでガイドさせていただいています。

それと、ガイドする上で1番大事なことは、今日もガイドしてきたんですが、どこから来ましたかと聞いて、相手の町のことを少しでも話してあげる。いいところにお住まいですねと言うと、非常に聞く耳を持っていただけますので、話がやりやすいです。

最後には代表からも言われたように、高槻にきてよかったね、楽しかったねと言っていただきたいわけですね。今日は行ってよかったと、ひとりでも多くの人が言ってくれることを楽しみにしています。

それから、今日のことではないですけど、我々考古グループが毎月、ガイドした人を一覧表にまとめています。これを見ると名古屋、東京、千葉、それから、もちろん箕面とか茨木、吹田がたくさんありますが、たくさんの人が来ていただいています。

それは、高槻の今城塚でいいますと、日本一の埴輪の数と、それから天皇陵にはいれるということ、これ皆さん非常に興味を持って来てくれます。

今朝も横浜の人が来て、今城塚の埴輪はたくさんあるねと言われたから、私200体以上あります、これは日本一ですよと、今まで埼玉の保渡田八幡塚古墳で50何体から日本一言うてたから、今は、東日本一と言うてますよと、そういう話をしてあげるんですよ。そしたら聞く耳を持って聞いてくれると思います。そういうことに非常に、毎日どうしたら皆さんに喜んでいただけるかを考えながら、ガイドをやっているつもりです。今後とも皆さんよろしくお願いします。

(発言者)市長

どうもありがとうございました。皆さん、楽しそうにガイドをされて、こちらも楽しくなってきています。あまり積極的に自慢話になるので言ってないですけれど、まちかど遺産は私が考えたんですよ。

何でこれ考えたかっていうと、私もジョギングが好きで、芥川と西国街道が交差しているところの堤防の水を入れる戸板を見たときに、これ何やろうなと思って、それから始まりました。走っているといろいろ小さい石碑があり、何かよくわからないような物でも、何か非常に価値がありそうな感じのものが結構ありました。

担当に話を聞いたら、それはそれでいろいろ物語があるので、それを小さい案内版でいいから、市民の皆さんから情報をいただいて、残していこうということです。散歩することで非常に健康にもなりますし、一石三鳥にも四鳥にもなるだろうということで、やらせていただきましたが、今日、お褒めの言葉をいただいて、ものすごくうれしいです。

それともう一つ、これも自慢になりますので積極的に言ってないですけれど、高槻城の石垣はこだわりました。変な化粧板みたいなのは、やめてほしいとかですね、適当にタイルみたいに貼らずに、算木積は必ずやってほしいですとか、結構本格的に積んでもらって、石垣らしくなりました。厳密な意味でいうと、高槻城って本当は、ああいう石垣じゃないみたいなんですが、石垣があることでお城っていう雰囲気が非常に出てよかったと、お褒めの言葉をいただいて、ありがとうございます。もうこれだけで私は来た甲斐がありました。

先ほど今城塚のお話もありましたが、市内外から来られて、案内してほしいという依頼があるんですか。

(発言者)ボランティアガイドB

入り口に当番を分けて、午前2人午後2人に立ってもらって、我々からもガイドしますよと言いますと、是非ガイドしてほしいという人がたくさんいて、ガイドすると喜んでくれます。

(発言者)ボランティアガイドC

それとですね、今城の来館者、これ大体1日平均すると、コロナ前は250人ぐらい、今150人ぐらいですかね。その中の来館者のガイドをしているのが、大体ガイド率23%ぐらいで今、現在は20%そういう関係でかなり今城塚というのは、すごいですよ。

(発言者)市長

前の奥本市長さんですけど、埴輪の再現をしたのはあれも本当よかったですね。やっぱり目に見える形で置いておくとビジュアル的にいいですし、先ほどおっしゃったように天皇陵も。

(発言者)ボランティアガイドD

そうですね、来られた方は北海道、九州もう全国から来られます。もちろん学者さんも来られますが、そういう方が来られるとちょっとまずいです。ガイドできないですので。

(発言者)市長

向こうの方が詳しいからですか。

(発言者)ボランティアガイドD

僕らより詳しいですし、本当にびっくりしたのは、早稲田大学の考古学の教授、そういう方が本当に多いです。今城の館長に聞いたらわかると思います。そういう来館者とあと申し込みで来られる方、それから観光協会を通して来られる方が多いです。

そんな状態で今城塚は多いですが、他のところも、スタッフのメンバー、かなり多いメンバーで、やらせていただいています。

(発言者) 市長

もうコロナも終わりかけていますし、来館者も多分また増えますよね。

そう言えば、芥川城のほうですけれど、石碑はありますよね。あそこに大手道から上がって、石垣のところ通って、出たところに、教育委員会の小さい石碑がありますね。

(発言者)ボランティアガイドA

いやあれは、城山跡です。芥川城跡の石碑ではないですよ。

(発言者)市長

そうですか、申し訳ございませんでした。さすがボランティアガイドには勝てないな、あれ城山跡ですか。

これも史跡指定も早かったんです。毎年、私が一緒に文化庁に行ってお願いしました。これも自慢で、実は皆さん御存じだと思いますけれど、私も歴史が好きで、お城とか行くのが好きなんです。出張に行ったりして、時間があるときは、視察でお城とか行ったりします。本当に高槻はそういう意味では、非常に案内するところ多いです。いかがですか、私はここが好きとかございますか。

(発言者)ボランティアガイドE

はい、高槻は旧石器時代からずっと現在も歴史の宝庫で、私も高槻に住んで非常にうれしく思っております。

それでね、ガイドが出来て、喜んでいただけるので、非常にやり甲斐があります。それで非常に気に入ってもらえて、また来てくれて一緒にまわるとかそういうこともあります。有り難いことです。

(発言者) 市長

でも旧石器時代の案内ができるってすごいですね。

(発言者) ボランティアガイドE

いやいやそれパネルで。川がありますのでね。遺跡が出たので人が住んだということで。

(発言者)市長

要はやっぱり昔から交通の要衝ですよね。だからいろいろありますね。
どうですか、せっかくの機会なので、何かあればどうぞ、どうぞ。

(発言者)ボランティアガイドF

高槻市で今城塚古墳としろあと歴史館がありますよね。この2つのミュージアムで、常に定点のガイドがいてお客さんが来たらガイドしてくれるというのは、恐らくここら辺の自治体の中では、高槻だけです。今ちょっとコロナで中断していますけれども、しろあとへ行けば必ずこの名札をぶら下げた人がいて、ガイドしている。今城行けば必ずガイドがいる。当番を決めて体制組んで定点ガイド出来ているのは高槻だけ、それは誇りを持っていいと思います。

(発言者)市長

そう言われてみれば、他で聞いたことがないですね。茨木はないですか。

(発言者) ボランティアガイドF

茨木は恒常的にはおられなくて、頼めば出てきてくれます。
茨木市も今、観光ガイドを募集して、第2回目になっています。高槻を見習ってやっています。

(発言者)ボランティアガイドG

ガイドについてですが、私も12年ほど、広報を中心としてやってきていますが、いつも言われることですね、これだけの設備とこれだけのガイドをしていただいて無料と言うのはもったいない、100円でも取られたらどうですかって話をよく聞くんですよ。それはともかくといたしまして、とにかく、この辺ではですね、珍しくガイドつきで、無料でこうして案内してもらえるのは本当にうれしいというお話をよく聞きます。

来られる方も先ほどもお話ありましたけれども、北海道から始まって、遠くの方でも来てもらえます。その時にお聞きするのは、どうして高槻を選ばれましたかっていうと、やっぱり、テレビに出てたとか、埴輪がすごくたくさんあるということを知っている、それで来たとかそれから前に日経で、古墳のランク一位になったことで。

(発言者) 市長

ありましたね。古墳の一番になったとプラスワンで出たとありましたね。これ結構インパクト強かったですね。

(発言者) ボランティアガイドG

はい。それから、遠くからたくさん来られました。私たちガイドのやりがいがあり喜んでいるところであります。

(発言者)市長

皆さんのおかげで余計に、相乗効果で、ただあるだけじゃなく本当に活性化している感じがありますからね。かなり大きいですよ。誰もそういう案内する人がいないのでは、目に見えるものだけですから。

(発言者) ボランティアガイドH

それともう一つ、特に今城のほうでございますけれども、普通、史跡があって、それを展示している博物館っていうのは離れていますが、あそこは隣同士です。同時に見られて、中で説明を受け、外で実物を見ることができるので、大変恵まれた環境にあります。

(発言者)市長

あれ、いいですよね、近くに博物館があってね。

(発言者)ボランティアガイドH

普通は日を改めるとか、別のところへ、車とか電車に乗って行くというのが普通ですので、大変恵まれた環境にあるなと喜んでいます。

(発言者)市長

ありがとうございます。どうでしょう、例えば女性の方どうでしょう。

(発言者)ボランティアガイドI

そうですね。我々の団体ですけれども、もう北は樫田から南は三島江まで、端から端まで富田から上牧まで、全部まわりますけれども、本当にすごく自然に恵まれまして、どこに連れて行っても皆さん喜んでもらえます。これだけのものが、一つの市の中にあるのか、これだけの歴史と見どころがあるのかということで、いつも感心していただいています。それは本当にありがたいです。

(発言者)市長

淀川なんか、史跡みたいなものですね。

(発言者)ボランティアガイドI

私は、三島江あたりが大好きで、卯の花の玉川の里では、桜も植えていろいろな植物とか、たくさん咲きますし、それとそこから出て、ちょっと淀川ほとりに堤防沿いを歩いていただくと、いっぺんに周りがぱっと開けて、もう本当に眺めがよろしいです。皆さん、そこで、はっと感動しています。ですから本当にこの頃、樫田とか三島江のガイドの依頼がすごく増えています。

だから今まではやはり、富田と城下町が主体でしたけど、古曽部とかもありますけれど、三島江の要望が最近は多いです。

(発言者)市長

いや、そうですか。樫田と淀川ですか。面白いですね。

樫田なんて丹波の国ですからね。それで私が他の市町村の人と話すときに、丹波の国を持っていると話します。丹波篠山の市長さんは同じ弁護士出身でよく知っていまして、丹波篠山市長さんに「うちも丹波の国ですから」と話しますと「そんなことないやろ」と驚かれました。

(発言者) ボランティアガイドI

でも樫田は、向こうのほうが高槻に編入したいというふうに要望しておられましたので、それもお客様にそういうふうに案内すると、皆さんすごく感心されます。

(発言者)市長

もともと京都ですよね。

(発言者) ボランティアガイドJ

こういう観光のガイドをしている時に、個人的に非常に気をつけているのは、やっぱり、高槻にどんなものがあるかということを驚きを持って伝える必要があるわけです。新鮮さが必要ですけれど、単に歴史的な一般的な説明をするだけではなくて、高槻ってこんなところ、こんな物があるという驚きを、新鮮さを伝えてあげるというのは、普通の人に興味をひいて聞いてもらえます。例えば三好長慶とか松永久秀は、今までのいろんな調査の結果、相当善政をした人であるわけですが、一般の人は、皆あれは悪人だと思っています。

(発言者)市長

あれそうですね、歴史小説家のせいですね。

(発言者)ボランティアガイドJ

歴史小説が書くものは、事実でないものもたくさんあります。

だから、例えば、鎌足の墓ですね。普通の人は知らないですし、何でこんなところにあるのかというそういう驚きがあるわけです。

そうすると、やっぱり高槻にいろいろな古い歴史があるということで興味が出てくるし、その人たちが口コミで、高槻には鎌足の墓があるので、口コミで来られる方が多いです。新聞やテレビ見て来る人もいますけれど、一時的なんですね。

口コミはだんだん広がっていきますので、やっぱり高槻にこんなすばらしいものがあって、今まで聞いたことも話が聞けると言うようなことをやっぱり伝えていくということが、できるだけたくさんの人に来ていただくために大事なことと思います。

(発言者)市長

地道にやるいうことですね、発信を。

(発言者)ボランティアガイドJ

今度、安満遺跡にバス走らせますね、安満遺跡だけで走らせるんじゃなくて、前から話題になっていますが、著名的な遺跡をバスでまわっていただきたいと思います。高槻に来る人に対して、やさしいまちづくりも考えていただきたいと思います。電車で来た人がバスで遺跡めぐりができるようお願いいたします。

(発言者)市長

やはり採算の問題と乗務員がいないという問題があり、なかなか踏み切れないが、儲けなくていいので採算が合えばいいんですが、やっと安満遺跡が巡行バスの運行が行けました。やはり経営が長続きする形で、高槻市はバスを持っているのは強みであるので、今、本当に市バスを有効に使い、皆さんに喜んでもらえるよう進めていきたいです。

(発言者)司会

盛り上がっているところでございますけれども、そろそろ時間も参りましたので、閉会とさせていただきます。どうもありがとうございました。
それでは閉会に当たりまして、濱田市長様からご挨拶申し上げます。

(発言者) 市長

今日は本当にありがとうございました。いろいろ皆さんからお話聞くことができ、本当に勉強になりました。

先ほども申し上げましたけれども、高槻を掘り起こせば掘り起こすほど、歴史が出てくるという、本当にすばらしいまちだなっていうことを私も実感しております。

ただそれを掘り起こすだけでは、生きてこないので、もちろんこれを活用するとか、そういうのはやっぱり残していくというのが一番ですけれども、でもやっぱり、ボランティアガイドの皆様がおられることで、本当に史跡が生き生きとする、そんな感じを私はいつも受けております。改めまして、皆様方、本当にありがとうございます。

引き続き、お世話になりますが、高槻の史跡たちを大切にしていただいて、また活かしていただけたらと思います。ぜひお体には注意していただいて、寒いときもあると思います。そのときは温かくして、引き続き頑張っていただければ幸いでございます。どうぞよろしくお願い申し上げます。以上をもちまして私の挨拶と代えさせてさせていただきます。
どうもありがとうございました。

(発言者)司会

それでは、これで本日のタウンミーティングを終了させていただきます。