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日本の伝統芸能文化・雅楽と深い関わりがある高槻は、雅楽を中心とした日本の伝統芸能文化の振興に取り組むため、令和7年8月に全国で初めて雅楽協会と包括連携協定を締結しました。雅楽の魅力や雅楽を支えてきた鵜殿のヨシ原の歴史、それらを未来に受け継ぐ活動を紹介します。
高槻と雅楽の関係を雅楽協会 代表理事 小野真龍さんに聞いてみました。
雅楽は奈良時代から平安時代にかけて、日本独自の歌舞などが大陸から伝わった音楽と融合したものです。世界最古のオーケストラとも称され、宮内庁の宮中儀式、寺社の行事などで演奏されます。
高槻は地理的に、京都御所、奈良・興福寺、大阪・四天王寺という楽人の拠点「三方楽所(さんぽうがくそ)」の中央に位置しています。また、雅楽の主旋律を奏でる楽器「篳篥(ひちりき)」にとって欠かせない最高品質のヨシの産地でもあることから、古くから楽人や伝統芸能文化の交流地として栄えてきました。
こうした背景やつながりを知ると、雅楽への興味がさらに深まるのではないでしょうか。

<プロフィール>
幼少より舞人、楽人の道へ。現在は小野妹子の八男を開基とする願泉寺住職、天王寺楽所雅亮会理事長。関西大学客員教授も務め、大学などで雅楽を講義する他、著書も多数
雅楽は、器楽演奏を中心とする「管絃(かんげん)」、舞を主体とする「舞楽(ぶがく)」、歌謡を中心とする「歌物(うたいもの)」の三つのジャンルで構成されています。
管弦
管絃は舞を伴わず、三管(管楽器)、両絃(絃楽器)、三鼓(打楽器)によって合奏されます。指揮者はおらず、テンポは厳密に刻まれるのではなく、奏者同士が間合いを感じながら演奏します。
不協和音や音程の揺らぎさえも美と捉える懐の深さも雅楽の魅力の一つです。
舞楽は、演奏と舞が一体となったもので、陰陽思想に基づく「左方(陽)」と 「右方(陰)」の2流派があります。左方は中国由来で赤系の衣装と優雅な舞、右方は朝鮮半島由来で緑系の衣装と打楽器のリズムに型を合わせる舞が特徴。宮中組織の左右体制に調和した「番舞(つがいまい)」として演じられます。
舞楽(左方)
舞楽(右方)
どちらの舞も、ストーリー性より型の美しさを純粋に楽しむ舞台芸術として知られています。
平安時代、後の三方楽所となる地域では代々雅楽を受け継ぐ楽家(がっけ)が誕生します。その後、雅楽は一度衰退し、断絶の危機に陥ります。しかし、三方楽所が協力して雅楽を守り、豊臣秀吉も保護に動いたことで、江戸時代からは安定して伝承が続きました。
歌物
明治政府は、三方楽所の楽人を中心に、皇室付きの楽団を設立。これが現在の宮内庁式部職楽部へと受け継がれました。
その後、雅楽は昭和30年に国の重要無形文化財に指定。平成21年には、ユネスコ無形文化遺産に登録され、世界にその価値が認められました。