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上田部遺跡(奈良時代)
名称 | 上田部遺跡(かみたべ いせき) |
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所在地 | 高槻市桃園町 |
時代・概要 | 弥生時代、奈良時代-平安時代、鎌倉時代 集落跡 |
想像図
市役所一帯に広がる上田部遺跡。奈良・平安時代の建物や道路、水田の跡などが、遺跡の東半、地下1.8mでみつかっています。
とくに水田跡からは、マグワや田下駄などの農具とともに、木簡がいくつも発見されています。そのひとつには「天平七年(735)閏十一月三日」の日付とともに、耕地の広さなどが記されていました。戸籍にしたがって農民に田畑を割り当てていたことがわかる、重要な資料です。また道路跡には、都のほかではめずらしい荷車のわだちがのこっていました。
牛・馬に引かせるマグワや荷車の存在は、当時このムラが先進的な農村であったことを語っています。
マグワ(馬鍬)
木簡