どっちもたかつき:あれもこれもが叶う街、高槻に住もう!

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「AR高槻城」で江戸時代の高槻へGO!

 江戸の昔、高槻にはお城があった。しかし、復元された城のない高槻が城下町だったといわれても、ピンとこない人は多いだろう。だが「AR高槻城」があれば、現代にいながら高槻城を眺めるというちょっとおもしろい体験ができる。アプリを起動して、城跡公園付近にあるビューポイントでスマホをかざすと、その場所の当時の景色が映し出される。
 「おおっ」。スマホ画面の中に高槻城の姿を見た瞬間、思わず声が出た。先生おすすめのポイントのひとつ、歴史民俗資料館前。石垣や堀や櫓がある中に三層の天守閣の端正な姿が堂々と現れたのだ。小さな画面に映るCG画像のはずなのに臨場感は抜群スマホを見たい方向に動かしてみると、さらにすごい。スマホのセンサーと連動して視線に合わせて映像が動くため、上に動かすと空が見え、水平に動かすと城郭や堀、町家などが360度切れ目なく現れる。「今、江戸時代の高槻城にいる」と確かに感じる、生まれて初めての感覚にワクワクする。

アプリの生みの親・𠮷川眞先生に案内していただきました 𠮷川眞さん 大阪工業大学工学部都市デザイン工学科教授。一級建築士でもある都市景観の専門家。「AR高槻城」の開発では2016年度の地理情報システム学会賞も受賞
高槻城跡バーチャル体験アプリ「AR高槻城」とは 江戸時代の高槻城と城下町を3Dで再現できるスマートフォンアプリ。現地のビューポイントでスマートフォンをかざすと、江戸時代のその場所から見える景色が画面上に映し出される。城や史跡を楽しむARアプリは他にもあるが、「AR高槻城」は城郭から城下町までの江戸時代の都市景観そのものが楽しめるのが特長。大阪工業大学𠮷川教授の協力により開発した高槻市オリジナルだ。*楽しみ方:アプリを立ち上げて現地のビューポイントに立つと、江戸時代の風景が現れる。映像は360度どの方向にも動き、現在の風景とオーバーラップ。現地に行かずに楽しめるプレビューモードもある。
歴史民俗資料館前 天守閣も望める絶景ポイント 弁財天のお社や鳥居、足軽屋敷、そして堀で隔てられた本丸から天守閣へと、高槻城内でももっとも美しい景観が楽しめる。三層の天守閣も堪能できる 高山右近像前 今はない水堀に感動 今は埋め立てられている堀が水をたたえて城を守っている。堀沿いの馬小屋、二の丸が見える。上空からの眺めも必見だが、現地でのお楽しみ

プレビューモードでも
高槻城!

現地以外から見ることのできるプレビューモードにも印象的な光景がいろいろ。マップ上で高槻現代劇場や槻の木高校内になっているポイントは、遠景から近景まで、レアな景観に出合える

スマホで歴活 江戸の高槻城と城下町をバーチャルまちあるき!

※誌面のAR高槻城の画面は、スマホで表示される画面とは見える範囲が異なる部分があります

不思議で楽しい周囲とのギャップとスケール感 しろあと歴史館前
広々とした馬場が目の前に馬を整列させた馬場のスケール感とともに、城郭の内側からの視点で櫓や堀など城を守る設備の様子がわかる。向きによって景色が変わるのも楽しい 東大手門跡 想像を超える立派な門が出現現在は何も残っていない東大手門跡にスマホをかざすと、立派な風格の門が出現。通りを隔てた門の反対側に、昔は門に向かう道があったことがわかる プレビューモードでも城下町!本町や上本町、大手町などは、今も住宅街の中に古い町家が残り、江戸の雰囲気を味わえるエリア。見てから現地に行っても、行った後に見ても、江戸のまちなみがよりリアルに感じられそうだ

公園で城のある景色をたっぷり楽しんだ後は、旧城下町方面へ。スマホの画面も少しずつ城から離れ、江戸の城下町へと変わっていく。東大手門跡では、水堀にかかる橋の向こうに格式の高い立派な門が姿を見せた。さっきまであの中にいたのだ。江戸時代の高槻はいい天気で、建物や人、木々にも影ができている。ちなみに、太陽は春秋分の頃の午後2時の設定なのだとか。近い時間に訪れると、タイムスリップ感もさらに高まるのだろうか。旧城下町では道がほとんど昔のままだけに、今残っている町家に過去のまちなみが重なって、お侍さんがこっちの世界でもひょっこり歩いていそう。今ではなくなってしまった道が画面上では再現されているのもおもしろい。
AR高槻城と一緒にまちを歩くと、いつものまちが新鮮に見え、高槻の歴史が身近に感じられた。この不思議で感動的な体験、ほかのまちにはちょっとない。

市民グランド南緑地内 景色が動画のように楽しめる 市民グランドの南にある緑地では、二の丸御殿の様子がよくわかる。いくつかのポイントが並び、ポイントを移動しながら見える景色が変わっていくのを楽しめる 高槻現代劇場前歩道 道の先は高槻城の中心部だった ここは三の丸の北側にあたり、道のすぐ先には城内にある野見神社が見える。ここも過去と現在のオーバーラップ感が強い場所 野見神社 江戸時代そのままの神社城郭周辺で、唯一、そのままの場所に現在も残るのが野見神社。境内の限られた場所にビューポイントがあるため、どこに出現するかもお楽しみ

※誌面のAR高槻城の画面は、スマホで表示される画面とは見える範囲が異なる部分があります

キリシタン大名というと草食系のイメージかもしれないが、実は勇壮な武将だった。豊臣秀吉が明智光秀を討つ山崎(京都府)の合戦で、右近は西国街道を進軍し、大山崎の町に入ると後続の武将が追い付かないように門を閉め、手柄を独占しようとしたのだとか。小牧・長久手(愛知県)の合戦や四国攻め、九州攻めなどでも功績をあげている。右近はまた、西洋文化や技術にも通じており、築城家としても知られていた。千利休にはのちに「利休七哲」と呼ばれる優れた弟子がいたが、右近はその一人に数えられる茶人で、「南坊」という号を持っていた。 秀吉にキリスト教を捨てよと迫られ、大名の立場を捨てて身を寄せた加賀には、二代藩主・前田利長のお茶会での失敗を機転と教養で救った話など、茶人・粋人としてのエピソードが多く伝わる。幕末につくられた北陸の文化人ランキングにも、地元出身でもない右近が茶人代表として登場するほどだった。 右近は、日本に派遣されていたヴァチカンの神父らを招いて高槻で大規模な復活祭を開くなどして、ヨーロッパにまで名を知られた。キリスト教徒の葬式で自ら棺を運んだという逸話が残るなどの情の深さから、半分以上の領民が信者になったという説も。黒田官兵衛など多数の茶人仲間も右近の勧めで洗礼を受けた。大名を捨ててもキリシタンであり続けた信念の人だった。 来年1月、福者認定を記念してOSK日本歌劇団が歌劇「高山右近伝」を上演。信念を貫いた右近の半生がドラマチックに描かれている。会場の高槻現代劇場は、右近ゆかりの地、高槻城三の丸跡地にある。〈OSK公演〉高山右近伝―乱世なればこそ、永遠の勝利を―日 時:平成29年1月7日 11時〜/15時〜場 所:高槻現代劇場中ホール(全席指定)問合先:072・671・9999(高槻現代劇場)高槻市在住の出演者麗羅リコさん時の権力者から圧力をかけられても決して屈しなかった姿に、本当の強さや優しさを感じます。地元の高槻で、ゆかりの高山右近を主人公にした公演に出演できることを誇りに思います。高槻のみなさんにも、もっと右近を知ってもらえればうれしいです。

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