どっちもたかつき:あれもこれもが叶う街、高槻に住もう!

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過去のカタチ、未来のカタチ。 たかつきDAYS メイドイン高槻。 1月号

過去のカタチ、未来のカタチ。

昭和18年に高槻市誕生!40年代に人口30万人突破。

高槻市制施行75周年 高槻町から高槻市が誕生したのは昭和18(1943)年1月1日。人口約3万1600人、大阪府内9番目の市として歩みを始めた。その後も周辺の村を編入しながら、工場誘致を進め発展の基礎を築いた。
昭和29(1954)年には市営バスの運行がスタート。その3年後には国鉄高槻駅に快速電車も停車し、交通の利便性が向上。住宅や社宅の建設ラッシュも始まり昭和38(1963)年には人口10万人を突破した。
暮らしと産業の場としてまちが発展する一方で、昭和40年代には人口が急増して30万人を突破。公共施設の整備も本格化し、昭和43(1968)年に市立図書館(旧天神山図書館)が開館。昭和50年代以降は都市基盤の整備が進み、昭和54(1979)年には国鉄高槻駅が橋上駅舎化した。

21世紀に中核市へ移行し、さらに成長を続ける街に。

平成3(1991)年に阪急高槻市駅の上下線が高架化し、平成5(1993)年に市制施行50周年を迎えた高槻市。平成8(1996)年には総合市民交流センターが完成し、また平成11(1999)年には「高槻ジャズストリート」が初開催される。
そして平成15(2003)年に大阪府内で2番目となる中核市へと移行。まちの整備と発展は加速し、平成16(2004)年にはJR高槻駅北地区の再開発が完了して駅前ににぎわいが増すと、平成24(2012)年にはMUSEたかつきがまちびらき。近年では“住みたい街”ランキングで常に上位に位置する都市へ成長している。

高槻市75年の軌跡
5分で振り返る我がまちの歴史

今昔写真館

高槻が進化中!
2012 2015 2016
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2019
2019 2022

暮らしを豊かに彩る新施設を活用しよう。

長い時間をかけて発展を遂げてきた高槻市。2010年代から2020年代のトピックを見ていくと、このまちがさらに進化していくことが理解できる。
その要因としてまず挙げられるのが、交通アクセスの向上だ。JR高槻駅に新ホームが誕生し、特急も停車。さらに新名神高速道路も整備されたことで、暮らしやレジャーの拠点として注目が高まることは間違いない。
また、京大農場跡地に誕生する「安満遺跡公園」も見逃せない。大阪と京都を結ぶまちでありながら、長い歴史と豊かな自然環境を体感できる施設はなかなかない。
そして、2019年に新設される「高槻子ども未来館」や、2022年度オープンの新文化施設は子育て環境や文化環境に敏感な人にはうれしい新スポットだ。


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