現在の位置

江戸時代マップ

徳川家康は、関ケ原の戦いで秀吉の後継争いに勝ち、江戸幕府を開きました。そして豊臣家を滅ぼし、朝廷や武士、農民や商人の人々の統制、鎖国などを行い、ゆるぎない支配体制を確立しました。
しかし貨幣経済の発達により町人の力が強くなり、外国船の来航と開国で国内が動揺するなかで江戸幕府はほろび,鎌倉幕府の開幕以来、約700年にわたる武家政治は終わりを迎えたのです。
幕府は、西国街道と淀川をおさえる戦略上の要地として、高槻に譜代大名を配置し、城の大改修を行い城下町を整備しました。街道の宿場芥川、三島江浜など淀川沿いの諸港、商工業の町富田とともに、大いに賑わったと伝えられます。しかし城は近代化の波にのまれ、その存在すら忘れられていました。
高槻城の発掘調査が始まって25年、本丸跡や三ノ丸跡で当時の様子がしだいに明らかになってきています。

江戸時代マップ