現在の位置

45.北山 本山寺

本山寺境内

本山寺は高槻市北部原盆地の北東約3キロメートルの山間部にあり、標高は約520メートル。神峯山寺から続く東海自然歩道に沿った参道を歩くこと約1時間で中之門に至ります。
門をくぐると正面に高い石垣がまるで城壁のように立ちはだかり、そのうえに鐘楼を構えた広い境内が見わたせます。本堂は境内から続く急な石段の先に建っており、その裏手には高槻市の最高峰であり、京都市西京区との境であるポンポン山(標高678メートル)へ続く登山道の入口があります。

役小角(えんのおづぬ)の開基と伝えられ、神峯山寺の奥の院であったといわれます。北山と号して天台宗に属し、南山と号する安岡寺(浦堂本町)や根本山と号する神峯山寺(大字原)とともに、宝亀年間(770年頃)に光仁天皇の子、開成皇子(かいじょうおうじ)が創建したと伝えられている山岳寺院のひとつです。
新春の初寅の大祭(1月3日)の折には、ほら貝の音が山々に響き渡る中、護摩が焚かれ、白装束に頭襟(ときん)、錫杖(しゃくじょう)姿の修験者たちの立ち居振舞いが山岳仏教独特の雰囲気を演出します。

本尊は昭和25年に国の重要文化財の指定を受けた毘沙門天(びしゃもんてん)。財宝福徳を授ける神であるとされることから、近世以後、商売繁盛を願う「毘沙門天詣り」が大阪商人の間に拡がりました。西国街道や淀川三十石船の河港であった前島浜から本山寺へと導く道標が今も参詣路に残っています。西国街道沿いの別所新町には「本山寺近道『是ヨリ六十丁』」と書かれた丁石が、また、あと二十丁となる川久保からは一部は消滅していますが、一丁ごとに丁石が立てられており、ここを往来した多くの人々の願いが伝わってきます。

本山寺にはこの他、国の重要文化財の聖観音立像、宝篋印塔(ほうきょういんとう、府指定有形文化財)、不動明王立像(市指定有形文化財)や、境内には開山堂、開成皇子の一石一字経塔があります。また、室町幕府8代将軍足利義政が愛用したという葡萄日月硯(ぶどうにちげつすずり)なども伝えられ、三好長慶や高山飛騨守・右近父子らが出した寺領の安堵状とともに大切に保存されています。

また、戦国時代には、松永久秀がこの寺で立身出世を祈願し、後に望みがかなったことから所領の良田を寄進し、これを本山寺毘沙門天御供田と称したという記録が残っており、江戸時代には、高槻城主永井氏や皇室などの崇敬を受け、宝永年間(1705頃)に5代将軍綱吉の生母、桂昌院が大改修を加えています。

今に残るこれらの記録や文化財などからも、創建以来1200年を超える本山寺の長い歴史のいきづかいが伝わってきます。

本山寺の問い合わせ先

本山寺(高槻市原3298)
電話 072-687-9921

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