史跡阿武山古墳
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名称
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史跡阿武山古墳(しせき あぶやま こふん)
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所在地
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高槻市大字奈佐原
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時代・概要
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古墳時代終末期
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備考
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昭和58年8月、国の史跡に指定
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古墳全景 中央の木立の下に墓室がある
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阿武山古墳は、阿武山の中腹・標高約210mの尾根上にあります。昭和9年、京都大学の地震観測施設建設のさいに偶然発見されました。
この古墳は盛土がなく、尾根の小高いところを幅2.5mの浅い溝を円形にめぐらせ、直径82mの墓域を区画しています。中央に花崗岩の切石と部厚い素焼きのタイルを組み上げ、内側をしっくいで仕上げた墓室があり、漆で麻布を何枚も貼り固めた夾紵棺(きょうちょかん)が安置されていました。棺内には、銀線で青と緑のガラス玉をつづった玉枕(たままくら)を用い、きらびやかな錦をまとった60才ほどの男性の遺体がありました。
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これらは元どおり埋め戻されましたが、当時撮影されたX線写真などの分析から、男性は亡くなる数ヵ月前に肋骨などを折る事故に遭っていたことや、金糸で刺繍した冠帽(かんぼう)をそえてあったことがわかっています。
葬られた人物は、『多武峰略記』が安威山に埋葬したと伝える大織冠・中臣(藤原)鎌足とする説が有力です。
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復元された冠帽と玉枕
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