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鎌倉・室町・安土桃山時代

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高山右近高槻天主教会堂跡

名称
高山右近高槻天主教会堂跡
(たかやまうこん たかつき てんしゅ きょうかいどう あと)
所在地
高槻市大手町
時代・概要
安土桃山時代(天正2年)


跡碑
跡碑  キリシタン大名高山右近は、天正元年(1573)父・飛騨守とともに高槻城に入り、城の拡張などを行う一方、キリスト教を厚く保護しました。家臣や領民へ布教を進め、一時高槻は、京都・堺と並ぶ近畿でのキリスト教布教の中心でした。
 その拠点となったのが天正2年(1574)、城内の現・野見神社付近に飛騨守が建てた天主教会堂です。宣教師ルイス・フロイスの記録によれば、大きな木造の教会堂と宣教師の宿舎を備え、池のある美しい庭園の一角には大十字架が建てられていたといいます。
 神社東方の発掘調査では、教会に隣接していたキリシタン墓地が、江戸時代の厚さ2mに及ぶ盛土の下から発見されました。棺の蓋板に墨書された二支十字や死者にそえられた木製のロザリオは、発掘資料としては日本最古。宣教師フロイスの記録の正しさを示す貴重な資料ともなっています。

キリシタン墓地
キリシタン墓地
 大人や子供の墓が整然と配置されていました。
 二支十字を描いた木棺は上段左端でみつかりました。

二支十字
棺の蓋板に墨書された二支十字


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