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鎌倉・室町・安土桃山時代

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宮田遺跡

名称
宮田遺跡(みやた いせき)
所在地
宮田町三丁目
時代・概要
鎌倉・室町時代 集落跡

復元模型
復元模型
 宮田遺跡は、鎌倉時代(12〜13世紀)の農村の具体的な姿がはじめて明らかになった集落跡として知られています。
 女瀬川の旧流路に沿って、溝と垣根で囲まれた約20m四方の屋敷地が東西にいくつも並び、その南側は水田となっていました。屋敷地には主屋など数棟の建物と井戸が中庭を囲むように配置され、一族の安定と繁栄を願って敷地の東北に守り神として屋敷墓をそなえたものもありました。
 当時の暮らしをしのばせる容器や下駄など、さまざまな木製品のほか、瓦器椀などの日用雑器や中国製陶磁器・日本製陶器類などが多数出土し、中世社会の商品流通を知るうえでも、重要な遺跡です。

屋敷墓
屋敷墓
 頭部側に土器が副えられていました。

日常の土器
日常の土器
 左手前は中国製の白磁や青磁。左奥はカマドを用いずに煮炊きできる
 3脚のついた土釜です。


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