
「花朝下澱江」 藤井竹外書
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桃花水暖送軽舟
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桃花(とうか)、水暖かにして、軽舟を送る
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背指孤鴻欲没頭
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背指す、孤鴻(ここう)没せんと欲する頭
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雪白比良山一角
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雪は白し、比良山の一角
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春風猶未到江州
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春風、猶(なお)未だ江州に到らず
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「花朝下澱江」
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旧暦2月の別名、花朝をうたいあげた漢詩「花朝下澱江(かちょうでんこうをくだる)」の作者は、藤井竹外(ふじいちくがい、1807〜1866)。彼の数多くの作品のなかでも、代表作とされています。
藤井竹外は本名を啓(または啓二郎)といい、幕末の激動期を生きた高槻藩の中堅家臣でした。幼い頃から武士の子弟として厳格に育てられ、藩校・莪堂(せいがどう)に通うかたわら、当時盛んだった鉄砲術を学び、小姓(こしょう)として武士生活を歩み出しました。
竹外は、20代から漢詩づくりに熱中し、多くの作品を残しています。詩作に取りつかれ、心にかなった句が思い浮かぶと大きな声で「妙」と叫ぶのが、誰知らぬ者はない癖であったとか。
自らを「酔士」(よっぱらいの意)と号すほどの無類の酒好きで、泥酔して路上で眠ったり、素足で野原を歩きまわることもしばしばあったといいます。
竹外の漢詩は、若い人にはなじみが薄いかもしれませんが、節をつけて吟詠する詩吟の世界では人気があり、中でも「花朝下澱江」は多くの詩吟愛好家のレパートリーに加えられ、今も愛され続けています。
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