2.「月」から「槻」へ


古(いにしえ)は高月と書す。地名を野見郷高月邑(むら)といふ。
乱国の時ここに大木の槻(つきのき)あり。
本陣と定められしより槻の字に改む。


けやき

高槻という地名の由来をご存じでしょうか?寛政10年(1798)刊行の『摂津名所図会』に、上記のような記述がみえます。これによると、私たちの町は「むかし、高月と書いた。地名は(摂津国嶋上郡)野見郷高月。大きな槻がそびえ立っていたこの地に陣が構えられたのがきっかけで月が槻へと改められた」ということです。「高月」という地名は、鎌倉時代(13世紀頃)に記された「摂津国安満庄目録案」(『高槻市史』第3巻史料編T)でみることができます。一方、「高槻」は、16世紀初めに記された『細川両家記』で「高槻入江城」として登場。ちなみに、槻とはケヤキの古い呼び方です。

 また、安永9年(1780)の「村方由緒」には、「天王・弁天之御社まで森有て天王之森と云、其内ニ二十丈有之槻ノ木あり、此木之辺、勇士為本陣と故、高槻ト云」(近藤家文書・『大阪府の地名』より引用)とあり、『摂津名所図会』が記す槻の大木は高さ20丈(約60m)もあったらしいことがうかがえます。

 ここに紹介した高槻の地名にまつわるさまざまな記述が、本当に正しいのかどうかはわかっていません。ですが、地名ひとつをとってみても、いろいろな見方があるのです。そこにこそ、歴史をひもとく楽しさがあるのではないでしょうか。

 大木を目印にして、たくさんの人が集まってきて、わが町はつくられてきたと想像してみたら、わくわくしませんか?現在、ケヤキは高槻市の市民の木として愛されています。過去、現在、そして未来へ、高槻とケヤキは切っても切れない関係のようです。


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