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関西将棋会館 本市移転決定記念 特別対談「将棋を指すこと」

桐山清澄九段と濱田剛史市長の特別対談をお届けします!

西の将棋の聖地・関西将棋会館の本市移転決定を記念し、日本将棋連盟との懸け橋となった本市在住の棋士・桐山清澄九段と、濱田市長の特別対談を企画。これまでの軌跡を振り返りながら、「高槻と将棋」について語り合いました。

桐山清澄九段と濱田剛史市長

対談相手

棋士 桐山清澄九段

昭和22(1947)年10月7日(73歳)奈良県下市町出身(現在は本市在住)日本将棋連盟所属。公式戦通算勝利が996勝の現役最年長棋士。平成30年から市文化振興事業団の理事長に就任し、高槻の将棋を含む文化・芸術活動の振興に取り組む。

経歴

  • 昭和33(1958)年 7級 奨励会入会
  • 昭和41(1966)年 四段 プロ入り
  • 昭和59(1984)年 九段 

獲得タイトル

  • 棋聖3期(第48期~50期)
  • 棋王1期(第10期)

 

伝説の棋士と運命の出会い 将棋を志した小学生時代

濱田 5月の対局での勝利おめでとうございます。これで通算996勝ですね。

桐山 ありがとうございます。

濱田 これまでたった9人しか達成していない1000勝の大記録まであと4勝ですが、桐山先生はこれまでに棋聖や棋王のタイトルを獲られた現役最年長の強豪棋士。このような将棋界のレジェンドが本市在住というのは私たちにとって本当に光栄なことです。今日は、関西将棋会館の本市移転の決定を記念して、さまざまなお話を伺いたいと思います。まず、先生が将棋を始めたきっかけを教えてください。

桐山 はっきりとした記憶がないのですが、3歳頃、家に祖父が作った将棋盤があり祖父から手ほどきを受けたのが最初です。

濱田 すごいですね。3歳で将棋ができたのですか。

桐山 ルールは分からないけれど見て楽しんでいました。小学生になると近所の大人たちとも縁台で将棋を指していました。

濱田 なるほど。将棋の素養が育まれる環境があったのですね。プロを志したのはいつですか。

桐山 小学3年生の夏です。当時、隣町に帰省されていた升田元名人(※)と、私の町の旅館のご主人とが知り合いだったようで、私を紹介してくださいました。対局の機会に恵まれ、「将棋をやってみないか」と誘われたことがきっかけです。

濱田 升田元名人と言えば、伝説の棋士として語られる方。まさに運命の出会いですね。

桐山 あれがなければ将棋の世界に入ろうとは考えなかったでしょう。巡り合わせでした。翌年升田元名人の内弟子として上京し、将棋の世界へ飛び込みました。将棋を指せることが本当に楽しかった。

※升田幸三実力制第四代名人

「直感」と悪手 プロ棋士の読み方

濱田 私も将棋が好きで指すことがあるのですが、勝てないときもあり難しい。対局のときに何手先まで考えるのですか。

桐山 私はこうかなという手をまず3つくらいに絞ります。それをずっと奥まで読んで(考えて)いくので、手数だと100手200手になるかもしれませんね。

濱田 読んだ後の局面が頭に浮かぶということですか。

桐山 そうです。その局面ごとに自分が良いのか悪いのかを判断しなければなりません。

濱田 すごいですね。そんな先生でも、将棋が嫌になったことはあったんでしょうか。

桐山 嫌になったことは一度もありませんが、苦しんだり悩んだりしたことは多かったです。

濱田 どんなときに悩まれるのですか。

桐山 やはり自分の思っている将棋が指せない、あるいはなぜあのとき悪い手を指したのかと引きずってしまうときですね。早く切り替えることが大切なのは分かっていても難しい。

濱田 気持ちの切り替え方で良い方法はありますか。

桐山 悪い手を指した時の精神状態を思い出して、自分で分析をすることです。

濱田 なるほど。

桐山 悪い手を指すときというのは、長考した末に、ふと良い手を見つけたと思い、それに飛びついてしまうときです。実はそれは、悪い手を指すときのパターンで、良い手だと錯覚してしまう。しっかり検討せずに指してはダメということです。経験上それが良い手だということはなかったです。

濱田 「直感」とは違うものなのでしょうか。

桐山 「直感」というのは、ある局面で盤面を見て指す手の選択肢を絞るときに使います。それを読んでいくのですが、その選択肢では最善の手が思い浮かばないときがある。他に何か良い手がないかとふと選択肢を広げた瞬間に悪手を思いついてしまうことが多いんですね。

濱田 参考になります。悩み苦しむことが多かったとのお話でしたが、やっぱり将棋を指すことは楽しいですよね。先生にとって将棋の楽しさはどんなところですか。

桐山 年代に関係なく誰もが一緒に楽しめることですね。また自分の意志で自由に手を選べることが魅力だと思います。

受け継がれる文化 未来の子どもたちへ

濱田 高槻と将棋のつながりをご紹介します。江戸時代、高槻藩では将棋が盛んだったようで、高槻城跡から47枚の将棋駒がまとまって出土しています。これは全国的にとても珍しいんです。

桐山 高槻は今も文化活動が盛んですが、それは昔から受け継がれてきたことなんですね。

濱田 そうなんです。また高槻にゆかりのある現役の棋士が7人もいて高い輩出率を誇ります。将棋大会や子ども将棋教室、王将戦の誘致などの取り組みを通してもっと盛り上げていきます。

桐山 高槻の将棋大会を見て感じたのは、大人も参加する大会で、子どもの出場者が多かったこと。そして子どもが表彰されていました。子ども将棋教室も定期的にやっていますので、将来高槻の子どもが棋士になってくれるとうれしいですね。

高槻が「将棋の聖地」に 関西将棋会館の移転

濱田 この度、関西将棋会館の高槻移転が決定されました。これは本市、将棋界にとって歴史に残るビッグニュースです。多くの棋士や将棋ファンが本市を訪れ、高槻の名が全国に轟くことでしょう。桐山先生には事前にご相談していたのですが、最初に高槻移転のアイデアを聞いていただいたときどう思いましたか。

桐山 「直感」で将棋連盟にとって大変ありがたい話だと思いました。やはり決め手は高槻の立地、交通の便利さでしょうか。

濱田 西の将棋の聖地と呼ばれる関西将棋会館。移転を追い風に、さらに「将棋のまち高槻」として盛り上げていきたい。

桐山 自分の住むまちに将棋会館が来るのは本当にうれしく思います。ますます高槻が発展してほしいです。

濱田 最近将棋ファンの間では、棋士が対局の合間に食べるご飯やデザート、いわゆる将棋メシが話題になることがあります。高槻には飲食店が多いので、棋士の将棋メシとなって全国に広まれば、と期待しています。

桐山 そうですね。たくさんの人に高槻に足を運んでもらい、まちがにぎわうと良いですね。

濱田 将棋は世界に誇るべき日本文化だと考えています。その文化振興に本市が役に立てることを喜ばしく思います。

桐山 ぜひお願いします。

濱田 末永く応援していきたいです。今年6月に関西将棋会館の支援のために基金を設置しました。市外の方へは将棋連盟から限定の記念品が直接送られます。将棋ファンにとっては見逃せませんね。

桐山 そうですね。多くの方にご協力いただけるとうれしいです。

高槻からタイトルをとる棋士になってほしい

濱田 未来の棋士を目指す高槻の子どもたちへ向けメッセージをお願いします。

桐山 関西将棋会館が高槻にやってきます。皆さんが高槻で将棋を知り、高槻の将棋会館で学び、将来タイトルをとるようなプロ棋士になってほしいと願っています。

濱田 先生の高槻と将棋への想い、これまでの取り組み、そして貴重なご意見をいただきありがとうございました。桐山先生のますますのご活躍を期待しています。

 

濱田剛史市長の写真

高槻市長 濱田剛史

桐山清澄九段

棋士 桐山清澄九段

関連リンク

関西将棋会館の建設支援について

8月1日号 関西将棋会館移転記念特別対談「高槻と将棋」 濱田剛史高槻市長×桐山清澄九段

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ファクス番号:072-674-7721
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