現在の位置

37.阿久刀神社

阿久刀神社(あくとじんじゃ) 芥川村にあり。
『延喜式』に出づ。当村の生土神(うぶすながみ)とす。
今住吉明神と称す。阿久刀は芥(あくた)に相通ず。

       
『摂津名所図会』より

阿久刀神社

高槻市を南北に流れる芥川。郡家・真上境付近で大きく流れをかえる川を背にして阿久刀神社が鎮座しています。この地は清福寺町にあたり、古代山陽道、母なる河淀川に面した最奥にあります。

阿久刀神社は平安時代に編纂された『延喜式』(927年成立)に記載されている律令時代の式内社です。これまでの発掘調査では、縄文時代から奈良・平安時代、そして中近世へと続く人々の生活跡が発見されています。

なかでも、奈良時代の郡役所・嶋上郡衙(ぐんが)跡などがみつかり、一帯が古代の三島の政治・経済の中心地だったことが明らかになっています。当時の三島を支配していたのは、大王家とのつながりの深い「三島県主(みしまのあがたぬし)」一族。この地は県主一族の本拠地であり、ここに鎮座する阿久刀神社は、本来はその守り神(氏神、うじがみ)だったにちがいありません。

祭神については、いくつもの伝承があります。9世紀の系図集『新撰姓氏録』に登場する、養蚕機織にたずさわった調連(つきのむらじ)一族の「阿久太」という人物や、『古事記』が安寧天皇の妃とする「阿久斗比売(あくとひめ)」、物部氏に連なる豪族「阿刀連」をまつったとするもののほか、諏訪明神(すわみょうじん)や久度神(くなどしん)など、さまざまです。いずれにしても、もともと氏神だったものが、やがて地域の人びとがこぞってお参りする村の守り神へと変化していったのでしょう。

ところで芥川の名前の由来ですが、川が阿久刀神社のそばを流れていることから、阿久刀川(あくとがわ)と呼ばれていたようです。きっと音が変化して芥川(あくたがわ)といわれるようになったのでしょう。

神社境内の東北隅には、神霊が宿ると言い伝えられている「御神木」があります。年代を経たムクノキの大樹で、平成元年(1990)に市の保護樹木に指定されています。

阿久刀神社の問い合わせ先

阿久刀神社(高槻市清福寺町23-2)
電話 072-681-6662

(外部リンク)阿久刀神社(大阪府神社庁HPより)

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