現在の位置

36.芥川の一里塚と宿場町

芥川一里塚

JR高槻駅からはじまる芥川商店街。この商店街をぬけると、右手に郵便局がある小さな交差点を左手にまがり少し進んだところに平成5年3月31日に府の記念物に指定された「芥川一里塚」があります。

 一里塚は、約4kmごとに街道の両側に塚を築き、そこにえのきなど背の高い木が植えられ、旅人の距離や人馬賃の目安にされたといわれています。きっかけは、慶長9年(1604)に東海・東山・北陸の3道に設置するようにとの徳川家康の触れでした。

 芥川宿の東詰めにある芥川一里塚は、享保19年(1734)に描かれた「芥川宿絵図」(市指定有形文化財)には、大きな築山に高いえのきが描かれ、遠くからも目立っていたことがうかがえます。今は、塚の部分がなくなり、そのあとに祠が建てられていますが、えのきはしっかりと根をはり、芥川の時の流れを見守っています。

 江戸時代の旧芥川宿は、この芥川一里塚から西へ二丁(約210m)先の芥川橋まで、軒をつらねていました。ここは参勤交代の途中、休息したり宿泊したりする西国の諸大名や、街道を行き交う旅人たちでにぎわい、最盛時には30軒以上の旅籠(はたご)があったと伝えられています。 

 幕府により、京都から西へ通じる西国街道は京都~西宮間が脇街道・山崎通(やまざきみち)と位置付けられ、芥川は宿駅として公用伝馬が置かれ、幕府役人や大名のための宿泊施設である本陣がととのえられました。

 芥川宿絵図には、草葺き屋根の町屋や庶民の宿・旅籠が建ち並ぶなかで、本陣と教宗寺だけが瓦葺きに描かれ、しかも本陣は建物も庭もじつに堂々とした構えであったことがわかります。

 町の面影は大きく変わってしまいましたが、絵図に描かれた小道や水路は今もたどることができ、宿場の東詰めにある芥川一里塚や教宗寺のたたずまいが往時をしのばせています。

関連リンク

西国街道芥川一里塚(準備中)

芥川宿絵図(部分)(準備中)

西国街道と芥川一里塚

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