現在の位置

28.上宮天満宮

上田邊村の上方にあり。此地の生土神(うぶすながみ)とす。(中略)
社頭は豊臣秀頼公の再建なり。     
 

『摂津名所図会』より
 

菅原道真をまつる上宮天満宮(じょうぐう てんまんぐう)は、大宰府に次いで全国2番目につくられた天満宮という古い由緒を伝えています。『摂津名所図会』には、上宮天神の祠として記載されています。
同書には、「勅して菅神に贈官有りて、筑紫より神輿上洛し給ふ時、野身郷高月の領主近藤連忠範(こんどう むらじ ただのり)が家にて一昼夜滞留まします。其古跡なればここに祀るなりとぞ」とあります。

上宮天満宮 新本殿

正暦4年(993)道真の霊を鎮めるため大宰府に赴いた勅使が、太宰府から京都への帰途、高槻の近藤連忠範の屋敷に一泊逗留しました。
ところが、出発の時、牛車が動かなくなったため、調べてみたところ菅原氏の祖先である土師氏がまつる野見宿弥(のみのすくね)ゆかりの地であることがわかったため、この地に道真をまつったのだといいます。

上宮天満宮 新本殿

また、「織田信長、寺社を破却(はきゃく)の時、天満宮と改むるものや」とあり、上宮天満宮という名称になった時期は、織田信長の時代であったといいます。JR高槻駅から石鳥居へつづく参道はかつて松並木が続いていました。また、参道付近には天神の馬場といい、天正10年(1582)山崎合戦の際に、豊臣秀吉が本陣をおいたところとされています。

のちに豊臣秀頼が社殿を建て直し、領地を寄進したといわれています。このときの本殿は平成8年に焼失、現在は日本で初めてという、竹で作られた珍しい新本殿に建て替えられています。

上宮天満宮の問い合わせ先

上宮天満宮(高槻市天神町1-15-5)
電話:072-682-0025

(外部リンク)上宮天満宮

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