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20.埴輪がつくられた新池埴輪製作遺跡

今摂津国三嶋郡埴廬(ハニイホ)新羅人之先祖也

『日本書紀』欽明天皇23年 11月条より

 

市の西部、土室(はむろ)の丘陵上に、古代の埴輪工場(はにわこうば)跡・新池埴輪製作遺跡があります。この工場が操業していたのは、5世紀中ごろから6世紀中ごろまでの約100年間。発掘調査によって、埴輪窯18基、大形工房3棟、さらに竪穴住居14棟からなる工人集落などがあったことも明らかになっています。

復元埴輪工房

工場が開かれたきっかけは、太田茶臼山古墳(茨木市)の造営とみられています。大量の埴輪を古墳に立て並べるため、古墳の近くで埴輪づくりに適した場所――窯を築く斜面地があり、材料の粘土と砂と水、そして燃料にする薪が手近にある――を探し、ここを埴輪工場と定めたのでしょう。
工人集落からは東海地方の土器が出土しており、工人のなかには遠方から来た研修生?もいたようです。

復元埴輪工房

その後、530年ごろに新たに6基ほどの窯が築かれ、今城塚古墳の埴輪が大量につくられました。この時期の埴輪づくりは、以前のような畳80畳敷きもの広さの大形工房ではなく、一辺が5~6メートルの竪穴住居でつくっていたことがわかっています。まさに職住一致、寝てもさめても埴輪をつくっていたのかもしれません。

新池埴輪製作遺跡は、古墳時代の埴輪生産のシステムを具体的に知ることができる貴重な遺跡です。また同時に確認された7~8世紀の集落跡からは新羅土器も出土していて、冒頭に掲げた『日本書紀』の記述を裏付ける遺跡でもあります。現在は「史跡新池ハニワ工場(こうば)公園」として整備され、園内の「ハニワ工場館」に実物の窯を展示しているほか、マンガ陶板や復元埴輪を通して、埴輪づくりの様子などが楽しく学べるようになっています。

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