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19.東大寺の瓦を焼いた梶原寺の瓦窯

摂津職解 申勘注東大寺瓦事
合二万枚 去天平勝宝八歳十一月二日官所載者
四天王寺作瓦一万四千枚
梶原寺作瓦六千枚
(後略)

『摂津職解』より

 

天平勝宝8年(756)、東大寺建立のために設けられた役所・造東大寺司(ぞう-とうだいじ-し)が四天王寺(大阪市)に14,000枚、梶原寺に6,000枚の瓦を発注したことが、摂津の国の役所が出した公文書から明らかになっています。

梶原寺跡

この梶原寺、現在の畑山神社(梶原一丁目)のあたりにあったと考えられている古代寺院の一つです。当時の建物はまったく残っておらず、伽藍(がらん)配置も定かではありません。しかし、発掘調査で出土した瓦の研究などから、7世紀中ごろに建立された市内最古の寺院ということがわかっています。

さて東大寺用の瓦6,000枚は、寺の裏山に築かれた瓦窯で焼かれ、淀川・木津川の水運を利用して奈良の東大寺へ納められたとみられています。規模の大小はあれ、古代寺院は瓦や金物など寺が必要とするものを自前で調達していたようです。この梶原瓦窯跡では、飛鳥寺と同じ文様の瓦(奈良時代)を焼いていたことも確認されています。

梶原寺跡

『今昔物語』には、10世紀後半のこととして書写山円教寺(姫路市)を開いた性空聖人が「摂津ノ国ノ梶原寺ノ僧房ニ宿シヌ」とあり、旅の途中ここに泊まったことが記されています。また元中4年(1387)に、梶原寺の御堂が薬師堂として奈良の栄山寺に移されたと伝えられています。

古代、瓦葺きの建物は、寺院や宮殿、役所の中心建物など、ごく限られていました。瓦の生産や移動は、寺院や役所、ひいてはそれらを造立・経営した豪族間の関係を反映したものと考えられています。発掘された瓦は、時代を超えて、そうした人びとの営みを私たちに語りかけてくれる貴重な資料でもあるのです。

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