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10.安満宮山古墳と邪馬台国

私たちが住む三島地域には大小約500基の古墳が存在し、三島古墳群と呼ばれています。この古墳群には、古墳時代初頭から終末期までの各時代を代表する古墳が含まれ、羽曳野・藤井寺周辺の古市古墳群、堺周辺の百舌鳥(もず)古墳群と並び称されるほどの規模を誇ります。なかでも、もっとも早い時期につくられた古墳は、高槻市東部の安満(あま)山の中腹に築かれた安満宮山古墳です。

「青龍三年」方格規矩四神鏡

平成9年(1997)、この古墳を発掘調査したところ、青銅鏡5面をはじめ、1600個以上のガラス小玉、刀や斧などの鉄製品が発見されました。

注目されるのが、古代中国の大国、魏国の年号「青龍三年(235)」の銘が入った方格規矩四神鏡(ほうかく-きく-ししんきょう)。日本出土の銅鏡では、最古の年号の入った鏡です。
さらに興味深いのは、それが日本ではじめて三角縁神獣鏡(さんかくぶち-しんじゅうきょう)などと一緒に出土したことです。

「青龍三年」方格規矩四神鏡

「魏志倭人伝」(『三国志』魏書東夷伝倭人条)には、景初3年(239)6月、倭国の外交使節団が邪馬台国を出発し、12月に魏の都・洛陽に到着。魏は倭国女王・卑弥呼(ヒミコ)に対し「親魏倭王」の金印とともに「銅鏡百枚」などを与えたと記されています。安満宮山古墳の鏡はその一部を含むと考えられ、「銅鏡百枚」の実態に迫る画期的な発見となりました。

安満宮山古墳に眠る人物は、安満遺跡を拠点とするこの地の王であったのでしょう。淀川水運を掌握し、女王・卑弥呼の政権を支える一人として、これらの鏡を授けられたのかもしれません。

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