現在の位置

9.食らわんか~くらわんか~

貸食船(煮売船・にうりぶね)は当所の名物にして、夜となく、昼となく、ささやかなる船に、飯・酒・汁・餅などを貯へ、上り下りの通船を目がけて鎰(かぎ)やうの物を其船に打かけ、荒らかに苫引(とまひき)あけ、眠(ねぶり)がちなる船客を起して、声かまびすしく酒食を商ふ。俗にこれを喰(くら)わんか舟と号す。

『淀川両岸一覧』

江戸時代、三十石船をはじめ淀川を通行する多くの船の旅客を相手にした商売がありました。

通称「くらわんか舟」、公文書には「茶船」と書かれますが、煮売船とも呼びます。十石前後(全長約5メートル)の小船に火床をそなえ、餅や酒、すし、ごぼう汁、煮しめなどを売っていました。関が原の戦いのとき、徳川軍の物資補給に協力したことから、徳川幕府より営業特権を与えられたといわれています。発祥は高槻の柱本とされ、現在、淀川堤防の上に発祥の地碑がたてられています。

淀川三十石船(奥)とくらわんか舟(手前)の模型

淀川三十石船(奥)とくらわんか舟(手前)の模型
 

俳句入りの小皿(古曽部焼三代 信平作)「くわらんか すわんか 月のうつる汁 都春」

俳句入りの小皿(古曽部焼三代 信平作)
「くわらんか すわんか 月のうつる汁 都春」

十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも「商ひ船、ここに漕ぎよせ、【めしくらわんかい。酒のまんかい。サァサァみなおきくされ、ようふさるやつらぢゃな】と此ふねにつけてえんりょなくとまひろげ、わめきたつる。このあきなひぶねはものいひがさつにいふを、めいぶつとすること、人のしる所なり。」と登場。柱本や枚方から漕ぎ寄せる茶船が、「○○くらわんか~」と、乱暴な売り言葉を用いて商売することで有名だったようです。乱暴な売り言葉が茶船という呼び名を押しのけて、ちまたに広がり、名物「くらわんか舟」と呼ばれたのでした。

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くらわんか舟発祥の地

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