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こんなときは
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平成17(2005)年度人権啓発作品入選作品
人権啓発作品募集事業は、21世紀を「人権の世紀」とする取組みが進められるなかで、市民一人ひとりが人権問題を「自分の問題」として捉え、お互いの人権を尊重し合う高槻市を築いていくことを目的として実施しています。
8回目を迎えた本年は、9月1日から10月21日までの募集期間中に、高槻市在住・在勤・在学の方々から626点のご応募をいただき、審査の結果、次の方々が入選されました。
■標語の部
「みんなさそって いっぱいあそんだら 楽しいな」
柴田 優 さん(丸橋小学校5年)
「ケンカして 勇気をだしていえる ごめんなさい」
田中 絵理さん(丸橋小学校5年)
「思いやり きもちがこもった ことばだよ」
宮崎 寿紀さん(丸橋小学校5年)
「やめなはれ どんなちっちゃな 差別でも」
上辻 正七郎さん(一般)
■絵の部
「平和のバリアをつくろう」
西尾 亜里沙さん(清水小学校5年)
「平和」
棚橋 菜津美さん(土室小学校5年)
■絵手紙の部
「平和」
田畑 和美さん(一般)
■作文の部
「へいわ」
北川 峻さん(高槻小学校2年)
ぼくは、先生からどうとくの時間にはじめて、せんそうの話を、ききました。
その話は、八月六日に、広しまにせかいではじめてげんしばくだんが、おとされました。そしておきなわでもせんそうが、ありました。おきなわでは、ちょくせつアメリカのぐんじんさんが、たくさんこられててっぽうやばくだんを、なげたりしておきなわの人たちは、くるしんでしんでいった。先生は、ぜったいにせんそうは、してはいけないと言われました。
せんそうは、たくさんのわかい人びとが、なくなることが、わかりとてもかなしい気もちになりました。
ぼくは、この夏休みにテレビでせんそうが、おわってから「六十年」たったとくべつばん組を、見ました。げんしばくだんが、ひこうきからおとされるしゅんかんをはじめて見ました。先生が、広しまのげんしばくだんの話のときに、「まちんと」の本を、読んでくれました。その本では、くわしいことは書かれていませんでした。テレビでは、はい色のきのこぐもに空は、かわりまたたくまにくろい雨になりました。そして、広しまの町は、くろこげになりました。あっというまに町もぜんぶなくなりました。ぼくは、とてもこわいかんじがした。げんしばくだんが、おとされて、広しまにすんでいたたくさんの人のいのちがうばわれました。炎が、体についてやけどしたのかな。ぼくが、六十年前広しまにすんでいたら、きっとにげおくれてしんでいたと思います。
ぼくは、一年生のときおいたち学しゅうで大きくなったぼくたちで生まれてから今までのことを知りました。お父さんや、お母さんから大切にまもられて大きくなりました。いのちは、たった一つでお金ではかえないことを、べんきょうしました。
これからは、ぜったいにせんそうはしてはいけないのです。げんしばくだんもおとしてはいけません。なぜならば、大切ないのちがうばわれるからです。アメリカのくにの人もどんなきもちで、六十年前おとしたのかな。広しまの人がくるしみかなしんだことを、ぜったいにわすれないでほしいです。
ぼくは、広しまや、長さきや、おきなわにはいったことがないけれどどんな町になっているのかな。ぼくのすんでいる高つきとおなじかな。みんなが、しあわせなのかな。
「幸福と福祉」
大 澤 里 奈さん(阿武野中学校2年)
夏休みも残り少なくなったある暑い日、市立図書館でのことです。
「あのー、ちょっとすみません。おーい。」
読みたかった本を借りることができて一人でにやにやしていた私は、さっきから聞こえていた呼び声が自分に掛けられていたことになかなか気付きませんでした。ようやく気付いて見ると、本棚の前に車椅子のおじいさんがいます。
「はいっ、何でしょうか?」
とっさに緊張して裏返った声で返事をした私におじいさんは優しい笑顔で、本棚の上の段にある本を取ってほしいと言いました。車椅子では本に手が届かないのです。
私は少し背伸びしておじいさんの指した本を手にとって渡しました。
「ありがとう。」
おじいさんは会釈して、車椅子を転がして去っていきました。
私はお辞儀もせずに呆然とつっ立っていましたが、我に返った途端嬉しさがこみあげてきて、スキップしそうになる足を必死に押さえながら図書館を後にしました。
私は本を渡しただけです。けれども、ほんの些細なこと、ほんの小さなことでも、おじいさんの役に立てたことが、わけもなく嬉しかったのです。障害者を手伝ったとか、お年寄りを手助けしたとか、そんなことは私の頭の中にはありませんでした。もしもあのおじいさんが車椅子でなくても、お年寄りでなくても、私はきっと同じような気持ちになっていたでしょう。「私が誰かの役に立てた」ということが、どうしようもなく嬉しかったのです。
ところで「差別」という言葉を辞書で調べてみると、「差をつけて取りあつかうこと。正当な理由がなく劣ったものとして不当に扱うこと。区別すること。」と書いてあります。私は驚きました。「差別」というのは、悪意を持ってするものだと思っていましたが、悪意も悪気もなくても、間違った理由で人を区別したら、それは「差別」なのです。
正当な、正しい理由なく、差をつけて扱ったら差別なのです。結果その人を傷つけてしまったら差別なのです。私は、障害を持っている人といない人を区別するのは本当は「差別」の一つなのではないかと思います。私は、「障害者」には、誰もがなりうるものだと思います。まったくの偶然に何らかの災難に遭遇し、「障害者」となってしまうこともあります。未来は誰にもわかりません。いつでも誰にも起こりうることなのです。それを、自分たちとは違うところがある、と心の中で区別してしまってはいけないと思います。
私達の学年は今、総合学習で「福祉」について勉強しています。一学期はユニバーサルデザインやノーマライゼーション、バリアフリーなどを学びましたが、どれも基盤となっているのは「身体障害者も高齢者も普通の人々と同じように普通に生活するべきだ」という考え方だということがわかりました。その考え方を実現させるために「ノーマライゼーション」という運動や施策があり、「ユニバーサルデザイン」があり、「バリアフリー」という設計があるのです。
「差別」という言葉と同じように「福祉」という言葉を辞書で調べてみると、「幸福。公的扶助やサービスによる生活の安定、充足。」と書いてありました。私は「幸福」という言葉に驚きました。しかし、「差別」のときと同じように、すぐに「なるほど…」と思いました。
自分が幸せになることを望まない人はいません。子供も大人も男性も女性も日本人も外国人も、幸せになることを望んで生きています。自分一人だけ幸せになるのではなく、みんなで助け合い、支え合ってお互いを幸せにし、そうして幸せになる。それが「福祉」なのだと私は信じています。
「体験学習から得たもの」
西 垣 風 香さん(阿武野中学校3年)
私は、二年生のときの体験学習を通じて、人間の命の重さ、尊さを実感することができた。今までにも小学校のときの総合学習で戦争について学んだり、被爆者の話を聞かせていただいたりと、そのたびに命の尊さを知ることができたと思っていた。しかし、自分が体験することによって今まで以上に思いが大きくなった。
私が体験学習に行かせていただいたところは介護老人保健施設。「介護老人保健施設」という名前は聞いたことがなく、高齢者の方や職員の方がどのようなことをしている場所なのか全くわからなかった。最初はすごく緊張していて、何をしたらいいのか、お年寄りの方とどう接したらいいのかもわからず、とても不安だった。とにかく少しでも利用者の方の役に立てるように、自分にできることを精一杯頑張ろうと思った。そこで私たちがやらせてもらった仕事は、利用者の方の車いすを押して食堂へ誘導することや、食事、おやつ配り、レクレーションなど。そして、一番長かったのは、お年寄りの方とお話をしたりしてふれあう時間。やり始めると、お年寄りの方とコミュニケーションもとれ、初めての経験ばかりでとても楽しかった。大変な仕事でも、お礼を言ってもらえたらやってよかったなと思えるし、すごく達成感があった。自分が少しでも人の役に立てたんだなと思うと、とても嬉しく感じた。このような仕事を通して、二日間、たくさんのことを学んだ。
中でも、一番印象に残っていて、学んだことが多かったのは、お年寄りの方たちとふれ合った時間。私が話しかけると、笑顔で接してくれて、戦争の話や学校の話、昔の話など、たくさんの話を聞かせてくださった。私がお年寄りの方と話をしているとき、近くのエレベーターが開き、中から年配の夫婦が出てきた。すると、私の近くに居た他のお年寄りの方の表情が一瞬にして変わり、満面の笑みになった。私まで自然と笑顔になった。その夫婦はお年寄りの方のご家族だった。このお年寄りの方以外にも、何度か同じような光景を見た。
こんな小さなことだけど、私は「一人一人の命の大きさ」というものを実感した。一人のために何人もの人が会いに来てくれる。すると、自然と周りにまで笑顔が広がる。きっと、誰にでもそういう人は居る。自分は多くの人に支えられて生きている。一人の命は多くの人に大切にされ、支えてもらわなければ生きていけない。そのためには、お互いに支え合わなければいけないんだと思った。自分が周りに大切にされているということはすごく幸せなことで、自分も周りの人の支えになってあげられているのなら、それもまた幸せなことだと思う。
こんなふうに何かきっかけがあれば、考え方が変わったり、新しいことに気づくと思う。私も、この体験学習をしていなければ、気づかなかったことがたくさんあっただろう。お年寄りの方の笑顔を見て思ったことがある。それは、周りの人の笑顔が見られることはとても素晴らしいことだということ。将来のことが何も見えていなかった私が、人の笑顔が見られる仕事、人の役に立てる仕事をしたいと思うようになった。どんな小さなことでもいいから人の役に立ち、そして周りから信頼されるような人になりたい。周りに流されず、自分の意見をしっかりと言えるような人になりたい。人として大きな心を持ち続けて生きて行きたい。
この体験学習から得られたもの。それは、人間として大きく成長するための材料だった気がする。この材料を無駄にしてしまわないように、自分の道をまっすぐ歩んで行こうと思う。自分が感じたことを大切に、これからの人生に生かしていきたい。
■詩の部
「大切なもの」
河 田 絢 音さん(冠中学校2年)
はずかしがらなくていい
ほんの少しの勇気があればいい
「何かお手伝いしましょうか?」
断られてもいい
その少しの勇気が次へつながっていく
「ありがとうございます。」
言う方も言われた方も
互いに心が温かくなる
人を幸福にする言葉
本当にたいせつなものは
ほんの少しの勇気と
ありがとう
■川柳の部
「好きやねん その一言で いやされる」
大原 さかえさん(一般)
■書道の部
若松小学校1年
加治木 雅也さん
若松小学校5年
琴塚 美菜子さん
寿栄小学校6年
藤原 幹明さん
第六中学校2年
勝山 あやさん
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